2012年05月08日

ブログを統合しました


お疲れ様です。仙台在住の現代アーティスト門脇篤です。
震災直後の3/26に歌舞伎町のみなさまへ向けてのメッセージをネット中継していたことを思い出しました。上がそれです。
震災時も歌舞伎町のみなさまには本当に心配していただき、あたたかい気持ちになりました。一般に流布する「KABUKICHO」と、私がおつきあいしていく中で見えてきた「歌舞伎町」の間には、とても大きな開きがあります。
「歌舞伎町2020」は、コミュニティアート・ふなばしの下山理事長という稀有なコミュニティアート・プロデューサーが、そうした歌舞伎町に切り込み、今現在も道を切り開いている途上にあるコミュニティアート・プロジェクトですが、本ブログは私・門脇から見たそれを切り取っていくものです。
ここでちょっと私とコミュニティアート・ふなばし、そして歌舞伎町とのかかわりについて振り返っておきたいと思います。
2006年、アサヒ・アート・フェスティバルの席でコミュニティアート・ふなばし下山理事長と初めてお会いしました。ほとんど話を交わした覚えもないのですが、翌日、妻と鎌倉であじさいを見てぶらぶらしている時に下山さんからお電話をいただき、「一緒に何かやらないか」と小一時間あまり話し込んだのを昨日のように思い出します。
はじめて一緒にやった千葉県八街での企画につづき、船橋市本町商店街を舞台にした「きらきら夢ひろば」では年に2回、仙台と船橋を往復して企画を行うようになりました。これは今もつづいている「10年プロジェクト」です。
そして下山さんが足立区や歌舞伎町と様々なところから声をかけられてプロジェクトを展開していく中で、私にも声をかけてくださり、依頼主が手を引いてしまった後でもプロジェクトはえんえんとつづいていくというわけで、この歌舞伎町もその発端はあれ、今では下山プロジェクトとしてしっかりと現地に根を張り、地元住民の方との協働によるまさにコミュニティアートのお手本とでもいうべきものになってきているわけです。
「歌舞伎町2020」には、スタートの折にチラシデザインをさせていただきました。実際にプロジェクトに入ることは当初はなかったのですが、やがて稲荷鬼王神社さんからの依頼で30年前の新宿のタウン誌「たあみなる」の展示を手伝うことになり、これがご縁で「たあみなるプロジェクト」が始まりました。また歌舞伎町タウンマネジメントさんとの協働企画で大久保公園で「歌舞伎町クリスマス☆ガーデン」を実施、歌舞伎町2丁目のテクノパークでは「歌舞伎町博物館」に参加しました。
こうしたわけで、当初は「たあみなる」からはじまった関わりだったために「たあみなる」のためのブログを始めたわけですが、やがて「歌舞伎町2020」本体にも深く関わるようになり、別に「歌舞伎町2020」ブログを立ち上げました。しかし今となっては2つある意味がなくなってしまい、今回これを統合することにしました。幸い、シーサーブログさんでは「エキスポート」「インポート」機能があり、一瞬でこれを行うことができました。同じような記事があったり、ちょっとおかしい場合には2つのブログを統合したことによるものです、たぶん。
ということで、今後も歌舞伎町で地味に味わい深い取り組みを行っていくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by kabukicho2020 at 23:59| Comment(0) | 歌舞伎町2020 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月27日

歌舞伎町2020とは

「歌舞伎町2020」とは

「歌舞伎町の新しいイメージ」を市民の参画によって創り上げるコミュニティアート・プロジェクトです。

vision01m.jpg

■これまでの取り組み:
2010.2「VISION-01」(新宿区役所、ハイジア)
2010.3「チャプター・チェックメイトビル」(チェックメイトビル2F)

terminal2010-01.jpg

■関連企画:
2009.10「コミュニティアート映像祭」(シネシティ広場)
2010.6「歌舞伎町学校2020」(稲荷鬼王神社)
2010.10「たあみなる2010」(稲荷鬼王神社)

◆ソーシャルメディア
ツイッター http://twitter.com/kabukicho2020
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新宿区歌舞伎町。日本の中で最も有名なこのまちは「肯定」「寛容」のまちです。
人間の持つタテマエ/ホンネ双方の欲望を肯定するまち−歌舞伎町。
21世紀の現在においても立身出世を夢見る世界中の若者を受け入れる寛容のまち−歌舞伎町。
歌舞伎町という町の名は、角筈一丁目北町の町会長・鈴木喜兵衛によって戦後の焦土から新たな文化を発信する場を目指して計画されました。高度経済成長の最中、働きアリと世界に揶揄されながら仕事に追われた人々が解放される場所、楽しみ安らぎの町として成長しました。また悩みを抱え行き場を失った人にも、新たな人生を再出発させる町として発展してきました。
このまちから映画ができ、演劇が始まり、このまちのドラマが事件として、世界へ発信されていきました。
戦後65年経た今日、「文化の創造、発信、活用」を掲げた鈴木喜兵衛の道義的繁華街のDNAを蘇らせるコミュニティアートプロジェクト「歌舞伎町2020」がスタートします。
歌舞伎町−繁華街という制度を、私たちの生きる根源である文化―コミュニティアートから新たに提案していく試みです。
2010年から2020年の10年間は社会状況にとって激変の10年であることが予想されます。2020年の歌舞伎町を描くことは、全国の繁華街と私たちの生活の未来を描く事でもあります。
posted by kabukicho2020 at 22:37| Comment(0) | 歌舞伎町2020 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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