2013年02月26日

仮設住宅からの手紙



 

仮設住宅からの手紙



拝啓

 

 歌舞伎町のみなさま、いかがお過ごしですか。そちらにも一月に大雪が降ったと聞きました。仙台もここのところ珍しく雪一色です。

 震災から二年がたとうとしています。すでに震災は過去のことだ、もう誰も覚えていない、といった話も耳にします。一方でこちらの、特に沿岸部では、震災はいまだ日常です。

 仙台の中心部近くにあるこの仮設住宅は、そういう意味では少し変わった場所です。震災があったことも忘れてしまいそうなほどに活気のある再開発エリアに、忽然と姿を現したのがこの仮設住宅だからです。
 しかしここにお住まいの方は遠く、南三陸町や石巻、亘理、山元、南相馬からも入居されています。そうしたことがわかってきたのも、去年の一月から毎月一回、「おしるこカフェ」という、ただおしるこを食べるだけでほかには何もしない(してもいいですが)という場を、千葉の下山さんと始めてしばらくたってからのことでした。それから月に一度、たまには二度三度と集まって、顔を合わせ、お話をしてきました。

 二年が過ぎようとする今、何か少し変わってきたなという気がします。昨年秋口から今年のお正月にかけて、宮城のお雑煮のつくり方をみなさんから教わる機会がありました。焼きハゼでだしをとり、細く切った大根やにんじん、ごぼう、それにカラトリと呼ばれる里芋のくきや、いくらなどを乗せた具沢山の宮城のお雑煮。おおまかには一緒なのに、詳しく聞くと家々でそれぞれ違っているそのお雑煮。もうお正月も終わった一月の八日の「おしるこカフェ」に、「初めて来た」というご婦人がいらっしゃいました。しかもその方は、「今年初めてお雑煮を食べました。仮設ではひとりなのでお雑煮をつくることもないので」と言うのです。

 毎月、「おしるこカフェ」の開催を知らせる通信を、二百数十世帯にポスティングしていますが、今年に入って何軒もの家のポストに目張りがされていて、仮設を出られて年越しをしたんだなと思いました。

 目には見えないけれども、いろいろなところで、変化を感じます。みんながこの状況を受け入れる余裕が少しずつ生まれてきたのを感じます。そしてまた、こういう中で、こういう中だからこそ自分たちの力を見出し、強め合っている人の力に驚かされます。

 石巻では、主婦のみなさん(みんな被災されています)が小さな取り組みを重ねることによって、地元にしかできない取り組みを行っています。それはどんなに有名で大きな企業にも、どんなに専門知識やお墨付きのある人にもできないことなのです。それは顔の見える具体的で小さな関係をひとつひとつ築いていくことこそが、生きていくこと、まちをつくり、震災後の社会をつくっていく上でいかに重要であるかという、思えば余りにも当然のことを明らかにしてくれています。

 また、仮設住宅に住みながら、国の支援事業に手を上げて起業し、カフェを開いた女性たち。みんながほっとできる場をつくりたい。仲間の仕事をつくりたい。そんな小さくてしかし大きな気持ちでがんばっているお話をあちらこちらで目にします。

 自分は被災者だ、弱い立場の人間だと語るのではなく、今できること、今だからできることを考え、持ち寄り、考え、助け合って、何かが起ころうとしています。

 そこに生まれつつあるのは、お金や数、よそからどう見えるかを基準にものごとをとらえ、ひとを萎縮させることで競争に勝というとするような世界ではなく、具体的で、顔の見える、みんなが一歩踏み出せるような気持ち、勇気ややる気を持ち寄ることができるような世界です。しかしそれは、みんなが当たり前のように望んできた世界だったのではないでしょうか。

 私たちは震災からたくさんのことを学びました。「震災を忘れない」というのは、津波や地震から逃れるために、その恐ろしさや失敗から学んだノウハウを忘れない、ということだけに限りません。震災から助かった命、そこで生まれた関係性の大切さに気づき、それをこれからどう生かし、みんなのものにしていくのか。そのことを忘れないというのが、「3がつ11にちを忘れない」という意味だと思います。

 震災前と同じ尺度、価値観で生きている人を見ると、とても残念な気持ちになります。私はもう震災前の社会には戻れない、戻るべきではないと考えています。とうとう私たちは自分たちの世界を手に入れることができるかもしれないのです。

 「仮設住宅」というのは、何も被災地だけにあるものではありません。日本中、世界中にあるのではないでしょうか。そして一方で、それは必ずしも悲惨さや不幸、不運を意味するものでもなく、我々が知恵を出し合い、支え合って、そこでしかできないことをしていく、それによっていわゆる仮設住宅という言葉やあり方を、もっと違う響きをもった言葉へと変えることができるのではないでしょうか。

 だからこの手紙、仮設住宅からの手紙は、かわいそうな被災地から日本の首都「東京」への手紙ではありません。世界はもっと大きなものだということに気づき、その中に生き、それを今後も伝えていかねばならないという使命、その喜びをもった場所からの手紙です。

 歌舞伎町のみなさん、震災後、社会は、あなたは、変わりましたか。変えようとする勇気ややる気を得ることができましたか。もしそうでないなら、そんなことはどうせできないし、無駄だと思うのなら、一度私たちのところを訪ねてください。きっと、何かを得ることができると思います。
 こんなにも悲惨な体験を経なければ、私たちは何かを得ることができなかったのでしょうか。


敬具



2013年2月26日
posted by kabukicho2020 at 18:35| Comment(0) | 仮設住宅からの手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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